友近さんは、独特の観察力と表現力で人気を集めるお笑いタレントです。
実はその背景には、幼い頃から続けてきた歌の活動や、地元・愛媛でのレポーター経験など、意外な学歴・経歴がたくさんあります。
この記事では、 友近さんの出身小学校から大学までの学歴、学生時代のエピソード、芸人としてブレイクするまでの道のり をわかりやすくまとめました。
「どうしてあんなに表現力が豊かなんだろう?」 そんな疑問がスッと解ける内容になっています。
友近の学歴まとめ
友近さんの学歴は、小学校から大学まで すべて地元・愛媛県松山市 の学校に通っています。
まとめると、次のようになります。
中学校:松山市立南中学校
高校 :松山東雲高等学校
大学 :松山東雲女子大学人文学部
友近の大学は松山東雲女子大学人文学部
友近さんの出身大学は、松山東雲女子大学人文学部です。
松山東雲女子大学の人文学部は、人間理解を軸に、心理・子ども・地域社会を実践的に学べる点が特徴です。
偏差値 :BJ~35
所在地 :愛媛県松山市桑原3-2-1
学校種別:私立(女子大学)
松山東雲女子大学人文学部出身の有名人は以下のようになります。
同大学は1992年設立と新しく、著名人の輩出はまだ少ないものの、地域に根ざした女子大学として知られています。
大学時代|長崎歌謡祭が転機に
1994年、大学3年生のときに「第18回 長崎歌謡祭」へ愛媛県代表として出場します。
この大会を地元・愛媛のテレビ局が中継していたことがきっかけで、 友近さんの歌唱力と存在感がテレビ局スタッフの目に留まりました。
その後、声をかけられて 同局の番組レポーターとしてアルバイトを始めることに。
大学在学中からすでにテレビの世界で活動をスタートさせ、 『とにかく愛媛5:00』(テレビ愛媛)ではレポーター、 『特盛鴻上丼』(あいテレビ)ではアシスタントを務めるなど、 ローカル番組で経験を積んでいきました。
ローカルタレント時代|コンビ「ディープ・キス」結成
大学時代の活動をきっかけに、 友近さんは地元・愛媛でローカルタレントとしても活躍するようになります。
その中で、ローカルタレントのらくさぶろうさんとともに地元番組やイベント出演など、精力的に活動していましたが、 コンビは 1996年に解散。
この経験が、後の“観察力を活かした芸風”や “キャラクターを作り込むスタイル”につながっていきます。
友近の高校は松山東雲高等学校
友近さんの出身高校は、松山東雲高等学校です。
松山東雲高等学校の特徴は、キリスト教主義教育、きめ細かな学習指導、進路保障の強さの3点です。
愛媛県松山市にある私立の女子校で、四国初の女学校として1886年に創立された長い歴史も大きな特色です 。
偏差値 :43〜44
所在地 :愛媛県松山市大街道3丁目2-24
学校種別:私立(女子校)
松山東雲高等学校出身の有名人は以下のようになります。
・加藤いづみ(歌手)
・井上夏葉(俳優)
・宇佐美まこと(小説家)
・日野てる子(歌手) など
松山東雲高等学校は、友近さんをはじめ、歌手・アナウンサー・スポーツ選手など多彩な分野で活躍する卒業生を輩出している学校です。
友近の中学校は松山市立南中学校
友近さんの出身中学校は、松山市立南中学校です。
所在地:愛媛県松山市東石井7丁目2-52
14歳で「全国ジュニア歌謡選抜」優勝|圧倒的な歌唱力が開花
友近さんは14歳のとき、毎日放送・TBS系で放送されていた「全国ジュニア歌謡選抜」全国大会に出場し、見事優勝しています。
披露したのは、
- 渡辺美里「Long Night」
- 麻倉未稀「Runaway」
という、当時としても難易度の高い2曲。
力強さと表現力を兼ね備えた歌声が審査員の心をつかみ、全国大会での優勝という大きな実績を残しました。
この経験は、後の“表現力豊かな芸風”にもつながっており、 友近さんの才能が早くから開花していたことがわかるエピソードです。
友近の小学校は松山市立石井小学校
友近さんの出身小学校は、松山市立石井小学校です。
小学生時代|お笑いへの憧れと“最初の挑戦”
友近さんは、小学生の頃からすでに「お笑いタレントになりたい」という夢を抱いていました。
きっかけとなったのは、当時テレビで放送されていた『花王名人劇場』(関西テレビ・東阪企画)。
番組に登場する芸人たちのモノマネや話芸に魅了され、「自分もモノマネで名前を知られる存在になりたい」と強く思うようになったそうです。
しかし当時は、漫才師になるための道筋が分からず、どうすれば芸人になれるのかも手探り状態。
それでも“人前に立つことが好き”という気持ちは変わらず、歌が大好きだったこともあって、
- 歌のオーディション
- カラオケ大会
- のど自慢大会
など、自分を表現できる場に積極的に挑戦していきました。
この頃の経験が、後の「表現力豊かな芸風」につながっていると言われています。
友近のプロフィールや経歴
友近さんのプロフィールや経歴を見てみましょう。
生年月日:1973年8月2日
年齢 :52歳(2026年4月現在)
出身地 :愛媛県松山市市坪北
身長 :157cm
血液型 :B型
職業 :お笑いタレント、演歌歌手
事務所 :吉本興業
社会人時代|仲居として働いた後、再びレポーターへ
大学を卒業した友近さんは、まず愛媛県内の老舗旅館「大和屋」 で仲居として約1年間働きます。
接客の現場で多くの人と触れ合う中で、観察力やコミュニケーション力がさらに磨かれていった時期でした。
その後、再び地元テレビ局から声をかけてもらい、レポーターとして復帰。
およそ3年間、さまざまな番組に出演し、 多くのレギュラー番組やCMを抱える“愛媛のスター” と呼ばれるほどの人気を得ます。
しかし、順調に見える一方で、 「本当に自分がやりたいことは何だろう?」 という思いが次第に強くなっていきました。
そして26歳のとき、 吉本総合芸能学院(NSC)に入学する という大きな決断をします。
ここから、友近さんの芸人としての道が本格的にスタートしていきます。
友近の芸人としての経歴
26歳で「本当にやりたいことをやる」と決意し、NSC大阪校へ入学(23期)。
通天閣のエレベーターガールや喫茶店のウェイトレスをしながら、観光客の言動を観察しネタに活かす。
2001年にNSC卒業後、baseよしもとで活動開始。
2002年「R-1ぐらんぷり」ファイナリスト。
第1回新人お笑い尼崎大賞で優秀賞受賞。
先輩芸人から芸のクオリティを高く評価され、深夜番組などに多数出演
水谷八重子が急上昇した理由
水谷八重子さん(2代目)は、2026年4月下旬に検索数が急上昇しました。
ここで話題になったのは、友近さんのキャラクター「水谷千重子」ではなく、実在の大女優・水谷八重子さんのほうです。
急上昇した主な理由は次の3つです。
① 『徹子の部屋』に出演したため 4月27日放送の『徹子の部屋』に出演し、長年の舞台エピソードや家族の話が注目されました。放送後に関連ワードの検索が増えました。
② 体調不良による舞台降板が報じられたため 同時期に、水谷八重子さんが体調不良で舞台を降板するというニュースが出て、「大女優の身に何が?」と心配する人が多く検索が急増しました。
③ 友近さんのキャラ「水谷千重子」と混同する人が多かったため 名前が似ていることから、 「友近さんのキャラの人?」 「同一人物?」 と混同して検索する人が多く、結果的に検索数が跳ね上がりました。
このように、テレビ出演・ニュース・名前の混同が重なったことで、「水谷八重子」が急上昇ワードになったと考えられます。
水谷千重子とは?
水谷千重子(みずたに ちえこ)さんは、友近さんが演じている“架空の演歌歌手キャラクター”です。実在の人物ではありません。
昭和の大物演歌歌手という設定で、独特の言い回しや世界観、そして友近さん自身の高い歌唱力を活かしたキャラクターとして人気を集めています。
まるで本当に存在しているかのようなリアルさが話題になり、テレビやライブでも多くのファンを魅了しています。
【水谷千重子の主な設定】 ・昭和から活躍する大物演歌歌手 ・代表曲「万博ササニシキ」「人生かぞえ歌」など(すべて架空) ・芸能界の“大御所”との交流エピソードも多数(設定)
名前が似ているため、 「水谷千重子(友近のキャラ)」と 「水谷八重子(実在の大女優)」 を混同する人が多く、検索でもしばしば話題になります。
今回急上昇したのは“実在の大女優・水谷八重子さん”のほうであり、友近さんのキャラクターである水谷千重子とは別の人物です。
友近の学歴に関するSNSの声
友近さんの学歴について、SNSでは次のような声が寄せられています。
- 「学生時代から歌が上手かったの知らなかった!」
- 「松山東雲高校って芸能人多いよね」
- 「大学時代からテレビ出てたのすごい」
- 「小学生の頃から芸人志望だったの納得」
- 「地元でスターだったの知らなかった!」
友近さんの学歴や学生時代のエピソードを振り返ると、小さな頃から積み重ねてきた経験が、今の豊かな表現力につながっていることがよく分かります。
地元・愛媛での活動を経て全国区へと羽ばたいた姿は、多くの人に勇気を与えてくれますね。
