ラランド・ニシダの大学は上智大学外国語学部!早稲田にも合格していた?

お笑いコンビ・ラランドのツッコミ担当として活躍するニシダさん。

独特のキャラクターで人気を集めていますが、実は“かなりの高学歴”であることをご存じでしょうか。

出身大学は上智大学外国語学部イスパニア語学科で、なんと早稲田大学にも合格していたと本人が語っています。

この記事では、ニシダさんの大学時代のエピソードや退学理由まで、詳しくまとめて紹介します。

ラランド・ニシダの学歴まとめ

ラランドのニシダさんの学歴は、川崎市立高津高等学校を卒業後、上智大学外国語学部イスパニア語学科に進学しています。

小学校:デュッセルドルフ日本人学校、マドリード日本人学校
中学校:藤嶺学園藤沢中学校
高校 :藤嶺学園藤沢高等学校
大学 :上智大学外国語学部イスパニア語学科(中退)

 
詳しく見ていきましょう!

ラランド・ニシダの大学は上智大学外国語学部イスパニア語学科

ラランドのニシダさんは、上智大学外国語学部イスパニア語学科に進学しています。

上智大学外国語学部イスパニア語学科の偏差値・特徴

上智大学外国語学部イスパニア語学科は、スペイン語(イスパニア語)の高度な運用能力と、イスパニア語圏に関する幅広い知識を身につけることを目指す学科です。

上智大学外国語学部
偏差値 :60~70
所在地 :東京都千代田区紀尾井町7-1
学校種別:私立

上智大学外国語学部出身の有名人

上智大学外国語学部出身の有名人は以下のようになります。

・森川夕貴(アナウンサー)
・上坂すみれ(声優)
・板井麻衣子(モデル)
・高橋マリ子(モデル)など

ニシダさんは一浪して大学に入学しています。

上智大学時代のエピソード

ニシダさんの大学時代は、サーヤさんとの最悪の出会いから始まり、サークル加入も消去法、さらに2度の退学という波乱万丈なもの。

しかし、この複雑な大学生活こそが、現在のラランドの独特な関係性と魅力を形作った原点と言えます。

サーヤとの出会いは“最悪の第一印象”

サーヤさんとは 上智大学外国語学部イスパニア語学科の同級生として出会います。

しかし第一印象は最悪。

理由は、ニシダさんが教室の隅で 「俺、早稲田も受かったんだよね」 と自慢げに言いふらしていたから。

サーヤさんは当時、 「正直、関わりたくないタイプ」 と思っていたほど

お笑いサークル加入は“消去法”

ある日、サークルの先輩から 「太っている人か外国人がいたら連れてきて」 と頼まれたサーヤさん。

そこで目に入ったのがニシダさん。

仕方なく連れて行った結果、ニシダさんも入部することに。

実はニシダさんはサーヤさんと組みたかったものの、 サーヤさんは他に相方が見つからず、消去法でコンビ結成となりました。

“2回退学”という異例の大学生活

イスパニア語学科は、 必修を2回落とすと自動退学という厳しいルールがありました。

ニシダさんはテストをドタキャンして先生を怒らせ、 2020年に一度退学

その後、面接と小論文で復学するも、 再び退学してしまいます。

大学を2回退学するという、かなり珍しい経歴です。

サーヤとの関係性が“ラランド”の原点

大学時代の2人は、
・第一印象は最悪
・サークル加入も消去法
という、決して順風満帆な関係ではありませんでした。

しかし、 この大学時代の偶然と衝突が、ラランド誕生のきっかけになっています。

帰国子女で語学が得意、読書家の一面も

大学以前の話ですが、ニシダさんは
・ドイツのデュッセルドルフ日本人学校
・スペインのマドリード日本人学校
に通っていた帰国子女。

年間100冊読む読書家でもあり、 語学力と独特の言語センスはこの頃からの素地があったと考えられます。

ラランド・ニシダの高校は藤嶺学園藤沢高等学校

ラランド・ニシダさんの出身高校は、藤嶺学園藤沢高等学校です。内部進学しています。

藤嶺学園藤沢高等学校の偏差値・特徴

藤嶺学園藤沢高等学校は、神奈川県藤沢市にある男子校の私立中高一貫校で、時宗一遍上人の教えに基づく宗教的情操教育とグローバルリーダーの育成を特徴としています。

藤嶺学園藤沢高等学校
偏差値 :55
所在地 :神奈川県藤沢市西富1-7-1
学校種別:私立

高校時代のエピソード

ニシダさんの高校時代は、バレーボール部のキャプテンとしてリーダー性を発揮しつつ、授業中にツッコミを入れるなど、すでに芸人らしい存在感を見せていた時期。

帰国子女としての感性も相まって、独特のキャラクターが形成されていった重要な時代と言えます。

バレーボール部でキャプテンを務める

中学から続けていたバレーボール部では、高校でもキャプテンを任されていたとのこと。

体格の良さだけでなく、 「人を引きつける魅力があったのでは」 と語られるほど、周囲から信頼される存在だったようです。

芸人としての“場を動かす力”は、この頃からすでに芽生えていたのかもしれません。

勉強は得意、ただし“静かな優等生”ではない

高校時代も勉強は得意だったようですが、 いわゆる大人しい優等生ではなく、

  • 授業中に先生へツッコミを入れる
  • 周囲が驚くような発言をする

など、すでに芸人の片鱗を見せる存在感を放っていたとされています。

帰国子女としての感性が高校生活にも影響

ニシダさんは中学入学前まで ドイツ → スペイン → 日本 と海外を転々としていた帰国子女。

この経験が、
・語学力
・独特の言語センス
・価値観の幅広さ
につながり、高校生活でも周囲とは少し違う雰囲気を持つ存在だったと考えられます。

ラランド・ニシダの中学校は藤嶺学園藤沢中学校

ラランドのニシダさんの出身中学校は、藤嶺学園藤沢中学校です。

藤嶺学園藤沢中学校は、神奈川県藤沢市にある私立の男子中高一貫校で、仏教精神をベースにした伝統ある教育が特徴です。

藤嶺学園藤沢中学校
所在地 :神奈川県藤沢市西富1-7-1
学校種別:私立(男子校)

中学時代のエピソード

ニシダさんの中学時代は、勉強が得意でありながら授業中にツッコミを入れるなど、すでに芸人らしい存在感を放っていた時期。

バレーボール部のキャプテンを務めるなどリーダー性も発揮し、海外生活で培った感性と合わせて、現在のキャラクターの原点が形成された時代と言えます。

勉強が得意で“ただの優等生ではない”

ニシダさんは 勉強が得意なタイプだったようです。 しかし、いわゆる静かな優等生ではなく、

  • 授業中に先生へツッコミを入れる
  • 周囲が驚くような発言をする

など、すでに芸人の片鱗を見せるような存在感を放っていたとのこと。

この頃から、独特の言語センスや“場を動かす力”が芽生えていたと考えられます。

バレーボール部に所属、しかもキャプテン

中学から高校まで、ニシダさんは バレーボール部に所属しキャプテンを務めていたそうです。

体格の良さもありますが、「人を引きつける魅力があったのでは」と言われるほど、周囲から信頼されるタイプだったことがうかがえます。

海外生活帰りの“帰国子女”という背景

中学入学前まで、ニシダさんは

  • ドイツ(デュッセルドルフ日本人学校)
  • スペイン(マドリード日本人学校)

と海外を転々としており、帰国子女として中学に入学しています。

この経験が、のちの語学力や独特のちの語学力や独特の感性につながっているのは間違いありません。

ラランド・ニシダの小学校は日本人学校

ニシダさんの小学生時代は、ドイツやスペインの日本人学校で過ごした海外生活が中心。

多文化に触れた経験は語学力や独特の言語センスの土台となり、のちの芸人としての個性を形作る重要な時期だったと言えます。

小学生時代のエピソード

小学校は「日本人学校」

ニシダさんは 海外の日本人学校に通っていた帰国子女です。

学校名は公表されていませんが、 中学の項目で ドイツ(デュッセルドルフ)→スペイン(マドリード) と移り住んでいたことが明記されています 。

そのため、小学生時代は 海外での生活が中心だった時期 と考えられます。

■海外生活で培われた“語感の鋭さ”の原点

大学以前の話として、 ニシダさんは 語学が得意で読書家 と紹介されています 。

この語学力の土台は、 小学生時代の海外生活で自然と身についたもの。

  • 異文化の中で育つ
  • 多様な言語に触れる
  • 日本語以外の音や表現に慣れる

こうした環境が、 のちの独特な言語センスやツッコミの鋭さにつながった と言えます。

“人前に出ることが苦ではない”性格の形成

海外の日本人学校は、 ・少人数クラス ・イベントが多い ・生徒同士の距離が近い という特徴があります。

そのため、 人前で話す機会が多い環境 で育った可能性が高く、 芸人としての“堂々とした立ち振る舞い”の原点になったと考えられます。

海外→日本という環境変化が“観察力”を育てた

ドイツ → スペイン → 日本 と移り住んだ経験は、 子どもにとって大きな環境変化です。

この経験が、

  • 周囲をよく観察する
  • 空気を読む
  • 文化の違いに敏感になる

といった能力につながり、 ニシダさんの独特な視点や発言の源泉 になっていると考えられます。

ラランド・ニシダの経歴やプロフィール

ラランド・ニシダさんの経歴やプロフィールを見てみましょう。

本名  :西田 亘輝(ニシダ コウキ)
生年月日:1994年7月24日
年齢  :31歳(2025年10月現在)
出生地 :山口県宇部市
出身地 :神奈川県鎌倉市
身長  :170cm
体重  :118kg
血液型 :O型
兄弟  :妹
職業  :お笑い芸人
事務所 :レモンジャム
趣味  :マッチングアプリ、ギャンブル全般
特技  :アナグラムと偏見ジェスチャーゲーム

ニシダさんの父親は、UBE株式会社(旧・宇部興産)代表取締役社長兼CEOの西田祐樹さんです。

とても裕福なご家庭だったようです。

ところがニシダさんは、ご両親とは絶縁状態だということ。

母親とはマネージャーを通してしか連絡を取り合わないほどの不仲だということです。

テレビ番組で『バカでだらしない息子を世に出した自分の至らなさを痛感しています』と語っていたとか。

2014年、サーヤさんと「ラランド」を結成。

2021年3月4日、レモンジャムに所属。

サーヤさんが社長、副社長が橋本拓哉(通称:マネたく)さんで、ニシダさんは、正社員です。

マネたくさんは、早稲田大学お笑い工房LUDO出身者です。

2025年8月、生まれ故郷の山口県宇部市のふるさと大使に就任。

ラランド・ニシダの学歴に関するSNSの声

ラランドのニシダさんの学歴について、SNSでは次のような声が寄せられています。

  • 上智の哲学科って本当に頭いいんだよね
  • あのキャラで上智卒なのギャップすごい
  • 哲学科出身だからあの独特な言語センスなんだ」
  • ニシダって実はめちゃくちゃ優秀なんだよな

ニシダさんが帰国子女であることや、二度の大学退学、さらに家族との関係など、話題に事欠かないようです。

ラランドのニシダさんとサーヤさんに注目していきたいと思います。

 
最後までご覧いただき、ありがとうございました!