お笑いコンビ・オードリーのツッコミとして活躍し、 鋭い観察眼と独特の言葉選びで多くのファンを魅了する若林正恭さん。
テレビやラジオ、エッセイなど幅広い分野で才能を発揮していますが、 その背景にはどんな学生時代があったのでしょうか。
実は若林さん、 小学生の頃からスポーツに打ち込み、 中学・高校では“こじらせ気質”と向き合いながら成長し、 大学では芸人としての道を本格的に歩み始めています。
この記事では、 若林正恭さんの学歴を徹底解説。
現在の魅力につながるエピソードを、年代ごとにわかりやすくまとめました。
オードリー若林の学歴まとめ
【快挙】オードリー若林の小説、直木賞候補に選出https://t.co/d65pmDQSkn
オードリー・若林正恭が執筆した小説「青天」が、第175回直木賞の候補作に選出された。お笑いタレントの同賞候補入りは初の快挙。7月15日に選考委員会が開かれ、授賞作が決定する。 pic.twitter.com/C2I4lkf3VH
— ライブドアニュース (@livedoornews) June 10, 2026
オードリー若林さんの学歴については、日本大学第二中学校 ・高等学校を卒業後は、東洋大学 文学部 第2部 国文学科(夜間部)を修了しています。
小学校から大学までをまとめると、以下のようになります。
中学校:日本大学第二中学校
高校 :日本大学第二高等学校
大学 :東洋大学 文学部 第2部 国文学科(夜間部)
オードリー若林の大学は東洋大学 文学部 第2部 国文学科
オードリーの若林さんの出身大学は、東洋大学 文学部 第2部 国文学科(現:日本文学文化学科 イブニングコース)です。
東洋大学文学部の偏差値・特徴

東洋大学文学部の特徴は、「読む力・書く力・考える力」を少人数のゼミナール中心で伸ばし、人間や社会の本質を深く探究する点です 。
偏差値 :42.5~57.5
所在地 :東京都文京区白山5-28-20
学校種別:私立
東洋大学文学部出身の有名人
東洋大学文学部出身の有名人は以下のようになります。
・若林正恭(お笑いタレント)
・バービー(お笑いタレント)
・坂本真綾(声優)など
若林の大学時代のエピソード
■大学は「東洋大学 文学部 第2部(夜間)」に進学
若林さんは 東洋大学 文学部 第2部 国文学科(現:日本文学文化学科 イブニングコース) に進学しました。
高校時代の成績が理由で日本大学への内部進学ができず、夜間部を選択したことが明らかになっています。
■夜間大学で同年代が少なく、春日と過ごす時間が増えた
夜間部は同年代の学生が少なかったため、 大学時代も相方・春日俊彰さんと行動することが多かった とされています。
■授業中にネタを書き、芸人への道を本格化
大学ではサークルに入らず、 授業中にお笑いのネタを書いていた ことが紹介されています。
そのネタが実際のライブでウケたこともあり、芸人としての自信につながったようです。
■8人目に声をかけて春日とコンビ結成
大学時代、若林さんは複数の友人に「相方になってくれ」と頼んで断られ続け、 8人目に声をかけた春日さんがOKし、コンビ「ナイスミドル」(後のオードリー)を結成 しました。
■アフロヘアに挑戦した時期がある
大学時代には、 突然アフロヘアにしていた というユニークなエピソードも確認できます。
■自意識が強く、物事を“ナナメ”から見る性格だった
大学時代の若林さんは、 「前提やルールを素直に受け入れられず、常に斜に構えていた」 と本人が語っています。
この“批評家的な視点”は、後のお笑いスタイルやエッセイ執筆にもつながっています。
■夜間部を選んだ理由は「学力」と「環境」
夜間部を選んだ背景には、
- 日本大学への内部進学ができなかった
- 夜間部の方が入りやすかった
という事情があったとされています。
オードリー若林の高校は日本大学第二高等学校
オードリーの若林さんの出身高校は、日本大学第二高等学校 です。
日本大学第二高等学校の偏差値・特徴
日本大学第二高等学校(通称:二高)の特徴は、「日本大学の付属校でありながら、他大学進学にも力を入れ、理系選択の生徒が多い」点です 。
偏差値 :66
所在地 :東京都杉並区天沼1-45-33
学校種別:私立(中高一貫校)
日本大学第二高等学校出身の有名人
日本大学第二高等学校出身の有名人は以下のようになります。
・春日俊彰(お笑いタレント)
・若林正恭(お笑いタレント)
・伊藤蘭(俳優)
・松坂慶子(俳優)など
若林の高校時代のエピソード
■高校は「日本大学第二高等学校(通称:日大二高)」
若林さんは 東京都杉並区の私立・日大二高に進学。
この学校は進学校として知られ、芸能人や文化人も多く輩出しています。
■高校時代は“超・人見知り”でクラスに馴染めなかった
若林さんは当時、 「自意識が強すぎて、教室に居場所がなかった」 と語っています。
- 休み時間はほとんど教室にいない
- 1人で図書室や校舎の隅にいることが多かった
- 「クラスの中心にいるタイプとは真逆」
という、現在の明るい芸風からは想像しにくい学生生活でした。
■春日俊彰とは“高校1年で出会うが、最初はほぼ会話なし”
同じクラスだった春日さんとは、 高校1年で出会っているにもかかわらず、ほとんど話さなかった という有名なエピソードがあります。
「春日はクラスの人気者」、「若林は教室に馴染めず、距離があった。」
しかし、体育の授業などで少しずつ接点が生まれる。
この“温度差”が後のコンビの絶妙な関係性につながっています。
■高校時代は「自分を変えたい」と思い続けていた
若林さんは高校時代を振り返り、 「自分を変えたいのに変えられない時期だった」 と語っています。
「周囲に合わせられない」、「でも本当は友達が欲しい」、「その葛藤が強かった」
この“自意識との戦い”が、後のエッセイやツッコミの鋭さに影響したと言われています。
■文化祭での“ある出来事”が芸人を意識するきっかけに
文化祭でクラスの出し物に参加した際、 「人前で何かをする楽しさ」を初めて感じた と語っています。
この経験が、 「いつか人前で表現する仕事をしたい」 という気持ちにつながったとされています。
■高校時代は“暗黒期”と語ることも多い
若林さんは自身の高校時代を、 「暗黒期」「しんどかった時代」 と表現することがあります。
ただし、この時期の「孤独」や「自意識の強さ」、「他社との距離感」、これらが、現在の“繊細で観察力のあるツッコミ”や“エッセイの文体”を形作ったとも言われています。
オードリー若林の中学校は日本大学第二中学校
オードリー若林さんの出身中学校は、日本大学第二中学校 です。
若林の中学時代のエピソード
■あだ名は「じゃり」
中学時代の若林さんは、 あだ名が「じゃり」 だったようです。
このあだ名の由来は明確には語られていませんが、当時のキャラクター性を象徴するエピソードとしてよく紹介されています。
■ラグビー部に所属し、関東大会に出場
中学時代は ラグビー部に所属。

しかも 関東大会に出場するほどの実力 を持っていました
ポジションはスクラムハーフで、バックスに強豪選手が揃っていたため、「蹴るな、走るな」と言われ、ひたすらパスを回す役割 を担っていました。
運動神経が良いだけでなく、チームのために役割を徹底するタイプだったことがわかります。
■NFL好きの父の影響でアメフトにも興味
父親が NFL好き だった影響で、 若林さん自身も アメリカンフットボールに興味を持つようになりました。
この興味は高校でアメフト部に入るきっかけにもつながります。
■深夜番組のとんねるず・ビートたけしに衝撃を受ける
中学時代、深夜番組で とんねるずやビートたけしが暴れている姿を見て衝撃を受けた という重要なエピソードがあります 。
「なんだこの大人たちは…俺もこんな大人になりたい」
と感じたことが、 芸人を志す最初のきっかけ になったと語られています。
オードリー若林の小学校は非公表
オードリーの若林さんの出身小学校は、公表されていません。
出身地である東京都中央区の小学校に通っていたと考えられます。
若林の小学生時代のエピソード
■小学2年生のときにテレビ出演していた
若林さんは 小学2年生のとき、TBS『3時にあいましょう』で家族と出演 しています 。
この映像は後に『金スマ』でも紹介され、 「幼い頃からテレビに縁があった」ことがわかる貴重なエピソードです。
■小6の1年間は“越境通学”をしていた
小学校6年生の1年間は、 越境通学をしていた と記録されています 。
家庭の事情か、本人の希望かは明記されていませんが、 環境の変化があったことがうかがえます。
■少年野球で捕手を務め、オール中央区に選抜される
小学生時代は 少年野球で捕手(キャッチャー) を担当し、 さらに 「オール中央区」に選抜されるほどの実力者 でした
運動神経の良さはこの頃から際立っていたようです。
■しかし試合前に“まさかの骨折”で出場できず
試合前、 自転車の車輪を手で回し、そこに足の指を入れてしまい骨折 というエピソードが残っています 。
せっかく選抜されたのに出場できなかったという、 若林さんらしい“ちょっと切ない”話です。
オードリー若林のプロフィール・経歴
オードリーの若林さんのプロフィールや経歴を見てみましょう。
生年月日:1978年9月20日
年齢 :47歳(2026年6月現在)
出身地 :東京都中央区入船
身長 :169cm
体重 :60kg
血液型 :O型
兄弟 :姉
職業 :お笑いタレント
事務所 :ケイダッシュステージ
趣味 :散歩、ジェンガ
特技 :アメリカンフットボール
2000年:春日俊彰さんとコンビ「ナイスミドル」として活動。
📺️『あちこちオードリー』
秘蔵トークSP放送❗️春日俊彰&若林正恭が自画自賛する
未公開トークを大放出https://t.co/ZBxqQ3fDyf👥登場するゲスト
麒麟・川島明
ドンデコルテ・渡辺銀次
高橋成美 pic.twitter.com/COuBEOeJu8— オリコンニュース (@oricon) June 2, 2026
2005年:コンビ名を「オードリー」に改名。
2008年:『M-1グランプリ』準優勝で大ブレイク。
若林さんの“鋭いツッコミ”と“ナナメの視点”が注目されました。
2009年~:テレビ・ラジオでレギュラー多数出演。
ANN(オールナイトニッポン) は長寿番組となり、若林さんの言葉選びの巧さが評価されています。
2010年代:エッセイストとしても高い評価。
エッセイが次々とヒット。“こじらせ”“自意識”をテーマにした文章が幅広い層に刺さっています。
2019年:結婚を発表。
2020年代:MC・作家・俳優として活動の幅を拡大。
エッセイは文学賞候補に挙がるなど、文化人としての評価も高まっています。
2026年6月:小説「青天」が、第175回直木賞の候補作に選出。
7月15日の選考委員会で受賞作が決定します。
オードリー若林の学歴に関するSNSの声
オードリーの若林さんの学歴について、SNSでは次のような声が寄せられています。
- 「若林さんって日大二中・日大二高なんだ!意外とエリート」
- 「夜間の東洋大学に通ってたの好感持てる。努力家だよね」
- 「中学でラグビー関東大会って普通にすごい」
- 「小学生でオール中央区に選ばれてたの知らなかった!」
- 「若林さんの“こじらせ”は学生時代からの積み重ねなんだな…」
若林正恭さんの学歴を振り返ると、 その裏には「こじらせ」「葛藤」「努力」「出会い」といった、 今の若林さんを形づくる大切な物語が詰まっていました。
華やかな芸能界で活躍する姿からは想像できないほど、 学生時代は悩みながら、自分と向き合いながら、 少しずつ道を切り開いてきた若林さん。
だからこそ、 あの鋭いツッコミや、繊細で温かい言葉が生まれるのだと感じます。
これからも、 若林さんの歩みを応援しながら、 その魅力を一緒に追いかけていきましょう。