独特の空気感と鋭いツッコミで人気を集めるお笑いコンビ・金属バット。
そのツッコミ担当である友保隼平さんは、どんな学生時代を過ごしてきたのでしょうか。
実は、友保さんは 堺市立工業高校の出身で、現在の芸風からは少し意外な“静かでマイペースな学生”だったと言われています。
小学校・中学校時代の素顔や、工業高校でのエピソードをたどると、今の友保さんにつながる意外な一面が見えてきます。
この記事では、友保隼平さんの 学歴と学生時代のエピソード をわかりやすくまとめて紹介します。
金属バット友保の学歴まとめ
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— 金属バット友保 (@kinzokutomoyasu) January 17, 2026
金属バットの友保さんの学歴については、堺市立三国丘中学校、堺市立工業高等学校材料システム科出身です。
小学校から大学までをまとめると、以下のようになります。
中学校:堺市立三国丘中学校
高校 :堺市立工業高等学校材料システム科
大学 :進学していない
金属バット友保の高校は堺市立工業高等学校材料システム科
金属バット友保さんの出身高校は、堺市立工業高等学校材料システム科です。
堺市立工業高等学校の偏差値・特徴・有名人
堺市立工業高等学校は 2010年に閉校 し、教育機能は 堺市立堺高等学校 に引き継がれています。
偏差値 :43
所在地 :大阪府堺市堺区向陵東町一丁10番1号
学校種別:市立
堺市立工業高等学校出身の有名人は以下のようになります。
・友保隼平(お笑い芸人)
・石川良照(元プロ野球選手)
・押切蓮介(漫画家)など
剣道部に入ったものの、早朝練習がきつくて退部
友保さんは、高校に入って最初は剣道部に所属していました。

ところが 毎日のように早朝から行われる練習が体力的にも精神的にもハードで、 結局1年ほどで部活を離れています。
さらに、試合で負けた際に「全員坊主にしろ」と先輩に言われ、 みんなが本当に丸刈りにしたのに、 言い出しっぺの先輩だけ髪を切ってこなかったという、 理不尽さ全開のエピソードも残っています。
今の長髪からは想像できない“坊主頭の高校生”
当時の友保さんは、工業高校らしい実習服を着て、短髪〜坊主の姿で学校生活を送っていました。
本人も昔の写真を見て「刑務所に入ってた頃かな」と冗談を言うほど、今とは雰囲気がまったく違います。
小林さんとは同じ学科で、自然とコンビの土台ができていた
相方の小林圭輔さんとは、同じ「材料システム科」に在籍していた同級生。
特別に派手なタイプではなかったものの、休み時間に漫才の話をしたり、文化祭で大喜利を披露したりと、すでに“金属バットの原型”のような関係ができていました。

工業高校ならではの実習にしっかり取り組む日々
溶接や金属加工など、専門的な実習が多い学科だったため、友保さんも毎日のように作業服で機械に向かっていました。
お笑いの雰囲気とは違う、“職人の卵”のような高校生活を送っていたようです。
金属バット友保の中学校は堺市立三国丘中学校
金属バット友保さんの出身中学校は、堺市立三国丘中学校です。

堺市立三国丘中学校の特徴は、学習面の水準が高めで、生活指導もしっかりしている公立中学校という点です。
所在地:大阪府堺市堺区向陵西町3丁6-15
すでに「独特の空気感」を持っていた
友保さんは中学の頃から、 周囲とは少し距離を置いたような、独特の雰囲気を持っていたと言われています。
派手に目立つタイプではなく、 かといって暗いわけでもなく、 “自分のペースを崩さない子” という印象が強かったようです。
お笑いは好きだったが、表に出すタイプではなかった
中学の頃からお笑い番組はよく見ていたものの、 自分が前に出て笑いを取りに行くタイプではなく、 “面白いものをじっと見て楽しむ側” だったようです。
高校で小林さんと出会ってから、 初めて「自分もやってみよう」と思い始めたと言われています。
金属バット友保の小学校は堺市立榎小学校の可能性
金属バット友保さんの出身小学校は、公表されていませんが、見取り図の盛山晋太郎さんと小学校の同級生だということから、堺市立榎小学校出身だと思われます。

堺市立榎小学校は、堺区の住宅地にある歴史のある公立小学校で、落ち着いた学習環境と地域に根差した校風が特徴です 。
所在地:大阪府堺市堺区榎元町2丁3-11
盛山晋太郎(見取り図)と同級生
友保隼平さんと盛山晋太郎さんは、同じ堺市で育ち、小学校からの同級生という長い付き合いがあります。
ただし、幼い頃からずっと仲良しだったわけではありません。
盛山さんは明るくてクラスの中心にいるタイプ。
一方の友保さんは、静かでマイペースに過ごすタイプ。
性格が真逆だったこともあり、小学生の頃は同じクラスにいても深く関わることはほとんどなかったと言われています。
それでも、同じ地域で育った2人には、堺ならではの共通体験がありました。
学校の近くに古墳が多く、子どもたちが探検気分で遊びに行っては怒られる、そんな“堺っ子あるある”を、2人も同じように経験してきたのです。
中学でも同じ学校に通いながら、やはり距離は近くないまま。 ところが大人になり、NSCで再会したことで関係が一気に動き出します。
「同級生が同じ世界にいる」という不思議な縁が、 お互いの存在を意識させ、 やがて“芸人仲間”として自然に距離が縮まっていきました。
今では、「小学校から知っている同級生が、同じ舞台に立っている」 という、ちょっとドラマのような関係性が2人の魅力になっています。
すでに「マイペースさ」が際立っていた
小学生の頃から、友保さんは周りに流されないタイプだったようです。
みんながワッと盛り上がる場面でも、 一歩引いて様子を見ているような、独特の落ち着きがあったと言われています。
今の“淡々としたツッコミ”の原型は、この頃から芽生えていたのかもしれません。
声が低くて、先生に名前を覚えられやすかった
友保さんの特徴的な低い声は、小学生の頃からすでに完成していたようです。
クラスで発言すると、「小学生とは思えない声の子がいる」と先生に印象を残すほどだったと言われています。
物作りや細かい作業が得意だった
工業高校に進むことになる素地は、 小学生の頃からあったようです。
図工や工作の授業では、 細かい部分にこだわって作り込むタイプで、「手先が器用な子」という印象を持たれていたと言われています。
金属バット友保のプロフィール・経歴
金属バット友保さんのプロフィールや経歴を見てみましょう。
生年月日:1985年8月11日
年齢 :40歳(2026年5月現在)
出身地 :兵庫県明石市
身長 :172cm
体重 :59kg
血液型 :AB型
職業 :お笑い芸人
事務所 :吉本興業
趣味 :バイクの運転
特技 :メダルゲームのホッパー詰まり修理
2003年頃:定職に就かずフリーター生活を開始
高校卒業後は定職に就かず、家を出ることになるなど、不安定な時期を過ごしていた友保さん。
この頃の経験が、後の独特な価値観や芸風にも影響しているのかもしれません。
2000年代前半〜中盤:映画の専門学校に通う
2000年代後半:NSC大阪校29期生として入学
同期には、見取り図やさらば青春の光などがいます。
同級生の小林圭輔とコンビ「金属バット」を結成
【🏆】金属バットが「上方漫才大賞」奨励賞受賞!M-1王者・たくろう破るhttps://t.co/62wmoZYUTT
大賞受賞歴がない漫才師によって競われる奨励賞では、ツートライブ、たくろう、カベポスター、天才ピアニスト、金属バットがネタを披露。その結果、金属バットが奨励賞に輝いた。 pic.twitter.com/37LdCu9YaY
— ライブドアニュース (@livedoornews) April 7, 2026
金属バットの友保隼平さん(ツッコミ担当)は向かって右、左は相方の小林圭輔さん(ボケ担当)です。
長髪がトレードマークとなり、2015年以降は髪を伸ばし続けています。
2024年8月11日:39歳の誕生日に 結婚を発表
やったぜ!結婚したぞ!
— 金属バット友保 (@kinzokutomoyasu) August 11, 2024
2026年5月:『THE SECOND ~漫才トーナメント~』にファイナリストとして出場し、惜しくも準優勝という結果でした。
優勝は「トット」。
トットの多田さんと桑原さんの記事に関しては、こちらをご覧ください。
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金属バット友保の学歴に関するSNSの声
金属バット友保さんの学歴について、SNSでは次のような声が寄せられています。
- 「堺市立工業高校出身って意外!」
- 「高校時代は坊主だったのギャップすごい」
- 「見取り図・盛山と小中学校の同級生なの面白すぎる」
- 「中学時代はレゴばっかりしてたって可愛い」
- 「高校の文化祭で漫才してたの、もうその頃から才能あったんだな」
- 「中学の陸上部で全種目ダメだった話、めっちゃ好き」
友保隼平さんの学生時代を振り返ると、現在の独特な芸風や存在感の“根っこ”が、幼い頃から少しずつ育まれてきたことが分かります。
静かでマイペースな少年が、堺市立工業高校で相方と出会い、やがて唯一無二の芸人へと成長していった道のりは、とても魅力的です。
これからも金属バットとして、そして友保隼平さん個人として、どんな活躍を見せてくれるのか楽しみですね。

