賀屋壮也の大学は東京学芸大学で角田夏美の同級生!教員免許を取得

お笑いコンビ「かが屋」の賀屋壮也さんは、広島県呉市出身で、呉青山中学・高等学校を卒業後、東京学芸大学へ進学し、教員免許も取得しています。

学生時代から勉強とお笑いの両方に打ち込み、大学ではサークル活動やユニークなエピソードも多く語られています。

この記事では、賀屋壮也さんの学歴・経歴・学生時代のエピソードをわかりやすくご紹介します。

賀屋壮也の学歴まとめ

賀屋さんの学歴については、呉青山中学・高等学校を卒業後、東京学芸大学を修了しています。

小学校:非公表(広島県呉市の小学校)
中学校:呉青山中学・高等学校
高校 :呉青山中学・高等学校
大学 :東京学芸大学

 
詳しく見ていきましょう!

賀屋壮也の大学は東京学芸大学

賀屋壮也さんの出身大学は、東京学芸大学です。

東京学芸大学の偏差値・特徴

東京学芸大学は、令和4年に文部科学大臣から「教員養成フラッグシップ大学」に指定されました。

東京学芸大学
偏差値 :55~60
所在地 :東京都小金井市貫井北町4丁目1-1
学校種別:国立

東京学芸大学出身の有名人

東京学芸大学出身の有名人は、以下のようになります。

矢部太郎(お笑いタレント)
・角田夏実(柔道家)
・優木まおみ(タレント)
・米村でんじろう(サイエンスライター)
・栗山英樹(野球指導者)など

賀屋壮也の大学時代のエピソード

■放送作家志望から芸人へ

大学入学後、賀屋さんは最初から芸人を目指していたわけではありません。 実は、当時は放送作家になりたいと思っていた時期がありました。

きっかけは、松本人志さんと高須光聖さんのラジオ「放送室」。 番組を作る側の仕事に強く惹かれ、就職活動もせずに「自分も作家になりたい」と考えていたほどです。

この頃に培われた“構成力”や“脚本のセンス”は、現在のかが屋のコント作りにしっかり生きています。

■軟式野球サークルで明るいムードメーカー

大学では軟式野球サークルに所属。 芸人としての落ち着いたイメージとは違い、仲間と楽しく過ごす明るい一面もあったようです。

サークルでは、いじられ役になったり、場を和ませたりと、自然とムードメーカー的な存在になっていたと言われています。

■“距離感を間違えた”有名エピソード

大学時代の代表的なエピソードとして語られるのが、オリエンテーションでの出来事。

司会の先輩が「今日は気合い入れてミニスカート履いてきました♪」と軽くボケた際、 新入生でただ一人、全力で拍手してしまった賀屋さん。

会場が静まり返り、「アイツやばい奴」と思われてしまったという、天然で愛されるエピソードが残っています。

この“真面目で一生懸命なのに、どこかズレてしまう”感じが、現在の賀屋さんの魅力にもつながっています。

■教員免許を取得するほどの努力家

東京学芸大学では、 ・中学社会 ・高校公民 の教員免許を取得しています。

教育課程はレポートや実習が多く、かなり負担が大きいことで知られていますが、賀屋さんはしっかりやり遂げています。

知的なツッコミや、丁寧な言葉選びは、この大学時代の学びが土台になっていると感じられます。
■同級生にはパリ五輪金メダリストの角田夏実さん

同じ学芸大には、2024年パリ五輪金メダリストの角田夏実さんも在籍。
スポーツに強い学生も多く、刺激の多い環境で学生生活を送っていました。

■いじめ経験と大学生活がつながっている理由

中学時代のいじめ経験から、賀屋さんは「自分を表現すると攻撃されるかもしれない」という恐怖を抱えていたため、大学でも最初は元気がない性格だったと語っています。

しかし、コンビニのバイト先で相方・加賀翔さんと出会い、 「一緒に舞台に出てみないか」という誘いを受けたことで、芸人の道へ進むことに。

いじめの経験があったからこそ、 ・人を傷つけない笑いを大切にする ・相手への愛情を持って言葉を選ぶ ・自分の殻を破る努力を続ける という現在のスタイルにつながっています。

賀屋壮也の高校は呉青山中学・高等学校

賀屋壮也さんの出身高校は、呉青山中学・高等学校です。

呉青山中学・高等学校の偏差値・特徴

呉青山中学・高等学校では、体育祭や文化祭、クラスマッチ、マラソン大会、百人一首大会など、さまざまな行事が行われています。

呉青山中学・高等学校
偏差値 :57
所在地 :広島県呉市青山町2-1
学校種別:私立

賀屋壮也の高校時代のエピソード

高校に上がって、いじめは“突然止まった

中学時代に続いていた一軍女子からのサイレントないじめは、 中学3年の終わり頃に突然ピタッと止まりました。

賀屋さん本人は当時、 「女子たちが飽きたのかな」 と思っていたそうですが、今振り返ると、

担任の先生が裏で止めてくれたのではないか

と感じていると語っています。

高校に上がると、いじめていた女子たちも普通に接してくるようになり、 表面的には平穏な学校生活が戻ってきました。

しかし、心の傷は残ったまま

いじめが止まったとはいえ、 「自分を表現すると攻撃されるかもしれない」 という恐怖心は高校時代も続いていました。

そのため、
・元気がない
・前に出るのが苦手
・自分の感情を出すのが怖い

という性格が定着してしまい、 周囲から「暗い」「何を考えているかわからない」と言われることもあったそうです。

この“自己表現の苦手さ”は、後の大学時代のバイト面接13連敗にもつながっています。

男子とは仲が良く、行事は楽しめていた

呉青山中学・高等学校は行事が多い学校で、

  • 体育祭
  • 文化祭
  • クラスマッチ
  • マラソン大会
  • 百人一首大会

など、イベントが豊富。

賀屋さんは男子とは仲が良かったため、 行事や部活は普通に楽しめていたといいます。

「学校生活の全部が地獄だったわけではない」 というバランスが、賀屋さんの人柄の柔らかさにつながっているように感じられます。

好きな子からも「キモい」と言われた切ない経験

高校に上がっても、中学時代の傷は完全には癒えていませんでした。

中学時代に好きだった女の子に 「あいつキモいよね」 と言われた経験は、賀屋さんの中で強く残っていると語っています。

この出来事も、 「自分を出すと傷つく」 という恐怖を強めてしまったようです。

母校への愛情は強く、芸人になってからも訪問

2019年には、母校・呉青山中学高等学校の20周年記念式典にゲストとして出演。

賀屋さんは、

「母校に恩返しができて嬉しい」

とコメントしており、高校への愛情が深いことが伝わります。

賀屋壮也の中学校は呉青山中学・高等学校

賀屋壮也さんの出身中学校は、呉青山中学・高等学校です。

呉青山中学・高等学校の偏差値・特徴

呉青山中学・高等学校は、呉市内で唯一の男女共学・中高一貫校です。

呉青山中学・高等学校
偏差値 :57
所在地 :広島県呉市青山町2-1
学校種別:私立

賀屋壮也の中学時代のエピソード

■ 一軍女子からの「サイレントないじめ」が3年間続いた

賀屋壮也さんの中学時代は、決して明るいものではありませんでした。

中学1年の後半から中学3年まで、クラスの一軍女子からの“サイレントないじめ”を受けていたと語っています。

● 聞こえるか聞こえないかの距離で悪口

「汚い」「臭い」などの陰口を、周囲に気づかれない絶妙な距離で言われ続ける日々。

男子とは仲が良かったため、なおさら周囲に気づかれにくい、巧妙な形のいじめでした。

● 原因は家の事情による“薪風呂”の匂い

賀屋さんの家は古く、薪で沸かすお風呂。

湯船に浸かるのは2〜3日に1回で、さらに煙突が子ども部屋に向いていたため、干していた制服が燻されてしまうことも。

そのため、

  • 燻製のような匂い
  • 汗の匂い
  • 髪のベタつき

などが重なり、思春期の女子にとって気になる存在になってしまったと本人は振り返っています。

しかし、もちろんそれはいじめていい理由にはなりません。

■ 逃げ場のない中高一貫校での6年間

呉青山中学・高等学校は中高一貫校で、1学年40人ほどの小規模。

クラス替えも少なく、逃げ場がない環境でのいじめは、賀屋さんにとって「地獄」そのものだったといいます。

男子とは仲が良かったため、周囲に気づかれず、助けを求めることもできませんでした。

■ 好きな子からも「キモい」と言われた切ない経験

当時好きだった女の子にも陰口を言われ、心が折れそうになったことも。

「脳トレの画面に好きな子の名前を書き続けていた」という切ないエピソードも残っています。

■ 母親は気づいていた。「行きたくない」と言った日のこと

中学3年のある朝、賀屋さんは初めて母親に 「もう学校に行きたくない」 と打ち明けました。

叱られると思っていたところ、母親は 「行きたくないなら行かなくてええよ」 と優しく受け止め、弁当を持って山へドライブに連れ出してくれたそうです。

海と街を見下ろす山の上で食べたお弁当は、今でも鮮明に覚えているほどの救いになったと語っています。

■ いじめは中3で突然止まった

中学3年の終わり頃、いじめは突然ピタッと止まりました。

当時は「女子たちが飽きたのかな」と思っていたそうですが、今振り返ると、

担任の先生が裏で止めてくれたのではないか

と感じているそうです。

■ 救ってくれたのは“長く続く作品”

唯一の救いは、漫画や映画、ドラマなどの“続きが気になる作品”。

  • 『ワンピース』
  • 『ナルト』
  • 松本大洋作品(『ピンポン』『鉄コン筋クリート』)
  • 大河ドラマ『新選組!』

など、長く見られる作品に没頭することで、 「この結末を見るまでは死ねない」 という気持ちが生きる希望になったと語っています。

賀屋壮也の小学校は非公表

賀屋壮也さんの出身小学校については、公表されていませんが、広島県呉市内の小学校を卒業していると思われます。

賀屋壮也の小学時代のエピソード

■ 小学生の頃は「明るくて元気」なタイプだった

中学時代のいじめの印象が強いため意外ですが、 賀屋壮也さんは小学生の頃、とても明るく元気な子どもだったと語っています。

  • 友達と遊ぶのが大好き
  • ふざけるのも好き
  • クラスの中でも自然と中心にいるタイプ

という、今の落ち着いた雰囲気からは想像しにくい“活発な少年”でした。

■ 家は古く、薪風呂の生活

賀屋さんの家庭は、昔ながらの古い家で、 お風呂は薪で沸かすタイプ

  • 湯船に浸かるのは2〜3日に1回
  • 煙突が子ども部屋の方に向いていた
  • 干していた服が燻されてしまうこともあった

という、現代では珍しい生活環境でした。

この“薪風呂の匂い”が、のちの中学時代のいじめの原因の一つになってしまいますが、 小学生の頃は本人も周囲も気にしていなかったようです。

■ 家庭環境は決して裕福ではなかった

賀屋さんはインタビューで、 「家はボロかった」 と率直に語っています。

  • 風呂は薪
  • 家の中が少し煙たい
  • 服が燻される
  • 生活は質素

という環境でしたが、 家族仲は良く、母親の優しさに支えられていたと感じられるエピソードが多くあります。

■ 小学生の頃は“自信があった”

中学時代のいじめで自己肯定感が下がってしまう前、 小学生の賀屋さんは

  • 自分のことが好き
  • 友達と笑い合うのが好き
  • ふざけるのが好き

という、自信に満ちた子どもでした。

この“明るさ”が、のちに相方・加賀翔さんと出会ったとき、 芸人としての道を歩む原動力にもなっています。

賀屋壮也のプロフィールや経歴

賀屋壮也さんのプロフィールや経歴を見てみましょう。

本名  :賀谷 壯弥(かや そうや)
生年月日:1993年2月19日
年齢  :32歳(2025年7月現在)
出身地 :広島県呉市
身長  :178cm
体重  :不明
血液型 :B型
職業  :お笑い芸人
事務所 :マセキ芸能社
趣味  :動物のイラストを描く、漫画、広島カープのファン、美術館巡り
特技  :合唱(少年合唱団に所属していた)

ご両親はともに国語教師ということですが、離婚されていて、母子家庭だったそうです。

幼稚園に入る頃はお母様方の実家で暮らしています。

東京藝術大学に通っていた弟がいて、ルームシェアをしていたこともあるそうです。

ご両親は離婚されていますが、お父様や叔父様と弟さんの大学の卒業製作を一緒に見に行ったこともあるようです。

2015年、加賀翔さんと「かが屋」を結成。

かが屋の賀屋壮也さんは向かって右、左は相方の加賀翔さんです。

▶相方の加賀翔さんに関しては、こちらをご覧ください。

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事務所のオーディションに合格し、賀屋さんの大学卒業後にデビューしています。

マセキ芸能社を選んだのは「芸人の数が少ないから入れたらカッコいい、先輩もカッコいい」と思ったからということです。

2020年8月11日:相方の加賀さんが体調不良のため療養することになり、コンビでの活動休止。

賀屋さんだけ、ピンとして活動していました。

2021年3月5日:コンビ復活。

賀屋さんが、ピンとして活動していた2021年に、R-1グランプリで3位を獲得しています。

「第46回ABCお笑いグランプリ」では決勝に進出しています!

賀屋壮也の学歴や経歴に関するSNSの声

賀屋壮也さんの学歴について、SNSでは次のような声が寄せられています。

  • 「賀屋さん、東京学芸大学卒で教員免許持ってるの本当にすごい。あの落ち着きはここから来てる気がする」
  • 「中学のいじめの話、胸が痛くなる。でもそこから優しい人になってるのが本当に尊敬」
  • 「呉青山って中高一貫で小規模なんだね。逃げ場ない中で頑張ってたの偉すぎる」
  • 「大学で放送作家志望だったって初めて知った。構成力あるの納得」
  • 「教員免許まで取ってるのに芸人になったの、人生の転機ドラマすぎる」

賀屋壮也さんの学生時代を振り返ると、 明るくのびのびとした小学生時代、 つらい中学時代、 静かに自分を取り戻していった高校時代、 そして芸人としての道が開けた大学時代、そのすべてが、今の“かが屋・賀屋壮也”を形づくっていることが分かります。

痛みを知っているからこそ、誰かを傷つけない笑いを大切にできる。

努力を積み重ねてきたからこそ、コントの構成力や言葉の温度が生まれる。

華やかな舞台の裏にある、静かで誠実な歩みを知ると、 賀屋さんのコントがより深く、温かく感じられます。

これからの活躍も、そっと応援したくなる、そんな人柄がにじむ学歴と経歴でした。

 
最後までご覧いただき、ありがとうございました!